幸福論

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わたくし東京で人生の4分の1ほど過ごしています、20代中盤まで三重県という田舎で過ごした私にはとても刺激的な世界だったと思います。

その理由を述べるとしたら、マイノリティという概念が激減するということ。どんな少数派でも仲間を見つけることはたやすくなると思います。田舎で過ごした人間にとってこれは大きな違いだったと思います。

私は子供のころから下手に大人ぶってはいましたが、甘えん坊のかまってちゃんだと自覚しておりました。そのため友達と田舎なりのパーリーピーポーに準じておりました。しかし大人になるにつれ、満足度は衰退していきます。

ギャンブル、キャバクラ、クラブ、ナンパ、そこそこのサプリでハッスル。やっちゃダメみたいなことを進んでやっておりました。

経験のない人間にただ知ってるだけの立ち位置でマウントをとって教えることにも快感を覚えていました。ただ経験していることが増えると「ただただ満たされたい」という欲がより強くなることを感じました。経験したことへの慣れを顕著に感じるようになっていきます。

満たされる瞬間はそれはそれは人それぞれで、個人差は多大にあるでしょうが、一度、満たされたと思うことを繰り返しても段々と満足度は激減していきます。それを変えるには更なる違うより踏み込んだ刺激しかありません。ただそれは犯罪、ブラックな道へ進みやすくなる危険を含めています。

今まで自分が欲の赴くままにを尽くした割に警察の厄介になったのは自転車の二人乗りぐらいなのは本当に運がよかったと思います。

そして今回このブログでお伝えしたいのは刺激から得る満足度とは別のベクトルに幸福度というものが存在するらしく、同じ心を満たす要素でありながら後者は持続し価値が変わらないどころかやればやるほど満足度は増していくということです。
金持ちが慈善事業を行うのはこういう理由からかもしれません。
ソースはめんどくさいのではりませんが、興味がある方はぜひ一度調べてみてください。

現在の私はただ年をくった低所得者ですが、人助けをしたときは気分がよく、自己肯定感が上がるように感じています。

若いころだと考えられなかったようなことですが、錯覚かと思うには回数が多すぎるのできっと事実なのでしょう。アラフォーフリーター病人ではありますが、幸福度を上げるため行動していこうと思います。

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アラフォーフリーターのすべて ~Ⅰ型糖尿病M字ハゲ~

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